【潮来ホール】〒311-2423 茨城県潮来市日の出7-20-1【鹿嶋ホール】〒314-0032 茨城県鹿嶋市宮下3-7-2
中学生の時、背が低いのがコンプレックスでおとなしい性格だった私は、卓球をはじめました。
卓球は身長に関係なく、自分の頑張りが見える形で成果に繋がります。正直、思うように上達せずやめようかと思うことも
ありました。入賞こそできませんでしたが、シングルスで県大会に2年連続で出場した時は本当に嬉しかったです。
卓球を通じて、努力することの大切さを学べたことは、私にとって貴重な体験でした。
創業当時の様子
山本葬祭は私が生まれる少し前に父と母が生花店からはじめた葬儀社です。
子供時代から「仕事を継いで欲しい」と言われ続けており、葬儀という大変な仕事へのプレッシャーも
ありましたが、故人様とご家族のために何かして差し上げたい、そう言って24時間365日
ろくに休みも取らずに働く両親の姿に
葬儀社という仕事は大変だけれど、やりがいのある仕事なんだな、と感じて20才の時に入社しました。
でも、当時20才そこそこの自分は、お客様から見れば頼りなく見えたのでしょう。
葬儀の説明をしても信じてもらえない。親の敷いたレールに乗っかっているだけで楽してる。
「親の見様、見真似で仕事ができていいな」と言われたりもしました。
悔しさもありましたが、それ以上にお客様を安心させてあげることのできない自分の未熟さが嫌でした。
年齢は仕方ないけれども、もっとしっかりとお客様のお役に立てる、信頼される自分に変わりたい。
そう思って、仕事の合間や仕事終わりに葬儀や仏教に関わる本を片っ端から読みあさり
葬儀の文化や司会、花祭壇なども勉強し、相続診断士や葬祭ディレクターなどの資格も取得しました。
そうしたことが自信にもつながり、お客様から「ありがとう」と言われることも増え、葬儀という仕事に今迄以上に
やりがいを感じられるようになりました。
そんな私の変化が嬉しかったのか、30代前半の頃には父母から会社のかじ取りを任されるようになりました。
鹿嶋ホールを建設した翌年、母が他界。父もその10年後に他界しました。
2人とも、安心しきったような、穏やかな寝顔でした。
葬儀という仕事柄、家族で出かけた思い出はあまりありません。
小学生のころは、夏休みのあとにみんながどこに遊びに行った、旅行した、そんな何気ないことを話しているのが
とても嫌でした。
でも、そのかわりに父と母が一生懸命頑張っている姿を、たくさん見てきました。父と母の、大切な人を亡くして
辛い思いをしているご家族のために何かしてあげたい、その想いはしっかり受け継いでいきたいと思っています。
社長の山本です
そして今。
葬儀という慌ただしい時間の中、どうすればご家族・ご親戚の皆様がしっかりと故人様との温かな思い出を振り返り
心からのありがとうをお互いに伝えあう葬儀ができるのか、葬儀をゼロから見直しをはじめ
本年2月から一部地域で試験的に導入した「思い出の宝箱」残された家族の心が癒される葬儀の工夫は
ご利用いただいた皆様から大変喜ばれており、4月より全ての葬儀で提供を行ってまいります。
山本葬祭は葬儀内容・経営体制を本年4月から変更。「新生」山本葬祭として再スタートいたします。
今後、「新生」山本葬祭は人生最後の時間に立ち会わせていただくことの重みをかみしめ
葬儀が悲しみだけで終わらない、温かな思い出の時間となるように、これからも頑張っていきたいと思います。
葬儀についてご不安なことがありましたら、何でもご相談ください。
山本葬祭は皆様のご期待に応える葬儀社です。
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